HBCジュニアオーケストラ

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今日は私が中学・高校時代所属していたHBCジュニアオーケストラの常任指揮者をされていた「斉藤信和先生を偲ぶ会」に参加してきました。先生は私の出身校では「ギッチョン」の愛称で親しまれ、物理を教えており、その傍ら、このジュニアオーケストラと札幌市民オーケストラを指導されていました。人柄は優しいけど、音楽には対してはかなりシビア!でした。私の担当していたフルートは大勢いたので、大抵はその他大勢に埋もれていられたんですが、時々欠席の人が多くて、一人になるときは、めっちゃ緊張したのを思い出します!出来が悪いとみんなの前で何度もやり直しさせられるからです。。。そんなハラハラした思い出やら、合宿や演奏旅行ではみんなと楽しく遊んだこと等、在籍していたのはたった3年間くらいでしたが、様々な思い出がよみがえります。練習は毎週日曜日。あの頃は何も思わなかったのですが、先生は土曜日まで教師として働いて、日曜日はオーケストラの指導をし、休み無く働かれていたのだなぁ、と大人になって改めてその勤勉さに気づき頭が下がります。加えて、偲ぶ会の中であった経歴紹介で、先生がこのHBCジュニアオーケストラと札幌市民オーケストラを設立されたと言うことを初めて知りました。東京出身の先生が北大入学を機に札幌にやって来て、オーケストラを作り・育て、そしてこの地で息を引き取られたのでした。何かを立ち上げると言うのは非常にパワーがいること!それを成し遂げ、継続し続けて生涯を終えられた先生への尊敬が改めて押し寄せました。卒団生の中には、そのまま音楽の道に進み、N響や日フィルなどで活躍している人もいるようです。逆に、ジュニアオーケストラに入り損ねた工藤重典さんは世界的なフルーティストとして現在活躍されていますが、彼は当時、リコーダーを持参して、入団の願いを申し出たそうで、それに対して斉藤先生は「佐々木伸浩(札幌交響楽団元指揮者)のところでフルートを習って、半年経ったらまたいらっしゃい」とおっしゃられたそうです。工藤さんは佐々木先生の師事でみるみる腕を磨き、入団はせずにソリストの道を歩むことになりました。実は私も佐々木先生の教え子でした。工藤さんとは天と地の差なのは重々承知ですが、わたしとしては勝手に親近感を覚えています(^^)レッスン中にも偶然先生を訪ねて来た工藤さんにお会いしたこともあるのでした(ちょび自慢)。あの頃は高校生だったんだですよね〜。佐々木先生は今どうされているのかなぁ?
また、偲ぶ会の中での挨拶で紹介されたことなのですが、斉藤先生とその方で、こんなやり取りもあったそうです。その方が高校生だった時、「人生の目的ってなんなんだろう」って、先生に問うと、先生は「う〜ん、それはねぇ、死ぬまで分からないんだよ」とおっしゃった後、少し間を置いて「一生懸命生きることだね」と、答えられたそうです。この回答を聞いて、やはり聡明な方だったんだなぁと思うと同時に、まさにこの「一生懸命に生きる」を体現された方だと思いました。
この言葉、最近少し雑に生きているような自分にはっと気づかれたようで、胸に刺さる思いでした。先生、残念ながら生きている間にお会いできませんでしたが、この世を去られても尚、ご指導くださり、ありがとうございました!先生が築かれたオーケストラは、札幌の文化の一部となってこれからも息づくことでしょう。ご冥福をお祈り申し上げます。

写真は卒団者による追悼の演奏の様子です。懐かしい曲に思い出が蘇り、思わず涙が出てしまい、恥ずかしかったです、、、

今日は、20年以上の年月を経て、タイムカプセルを開けた気分でした。自分の歩んで来た足跡が、いつの間にかもうこんなに長〜くなっていることに気づかされました。
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by vrombir | 2008-08-16 22:20 | 札幌SAPPoRo

転がる石に苔むさないふうてんの気まぐれ雑記帳


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