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老いること

40才を越えてから数年経って、年々いろいろな体の変化に驚かされます。
そう言う体験をする毎に、私より年上の人たちがそういった体調の不調など全く感じさせずにイキイキと過ごしている様を思い出しては、尊敬の念に駆られます。瞼裂斑炎に脂肪腫(これは自己診断)、蕁麻疹、花粉症もどきなど。悪性ではないにしろなんだかんだどんどん変な病気が増えて行く今日この頃です。原因不明で治療法も分からない「体質による」ものが多く、余生このままおつきあいして行く物なのかもしれません。
20,30代のスピードでぶっ飛ばし続けることへの限界が来ているのですね(汗)。そんなこと、30代の半ばに体調を壊してから十分に承知していて、何かしらペースダウンしたつもりだったけど、体が何か変な病気で訴えている所を見ると、自分の見立てよりも・・・。
先日、東京の会社時代の上司が学会で札幌に来ていたので、一緒に食事をしました。彼は私より6才年上ですが、「人生を1日に例えると、大分日が陰って来たよね」と言って、二人で苦笑してしまいました。
だいぶ日が傾いて来たからこそ見える、南中点の自分。南中点から日没の方向を間違えたのか合っていたのか?人生の半分以上を過ぎてからこそ考察できるいろんな事柄。そう、日常のいろんなことや、周りの人たちとの会話の1つ1つにさえいろんな連想がくっついてしまったりします。それは的確な連想と連想が連想を呼んだ調子っぱずれな物やら多様です。人生を積んだからこそのムダに近い程の連想力は時として深みのように思えます。物事が多面的に見たりしてね。しかし、一方では相変わらず、子供っぽい自分やら、本質的に臆病な自分やら、どんなに経験や年齢を重ねても変わらずに有り、時にがっかりもさせられます。
ただ、それ故に、そんながっかりする面も認めてつきあってくれてる周りの人への感謝もひと際だったりします。10代や20代前半の頃ならそんなこと考えられなかっただろうなぁ。
脳科学の世界では「脳の可塑性」が近年キーワードになって久しいですが、研究が進めば進むほど脳の能力の卓越した回復能力や機能管理能力には驚かされます。その一方で、逆に故障無しで上手く行っていること自体にミラクルを感じます。それほど、脳の世界は精密で複雑です。いえ、脳だけじゃなく人体のしくみが、動物、生物、自然全てが。でも、その複雑さが「いい加減」となって、失われた能力を違う形で補うことができる柔軟性にもなってるのですよね。だから、「○○障害者」という言葉が有りますが、それは本当に障害なのだろうか?と思うことも有ります。確かに彼らは、少数派であり、多数派と同じようにできないことが有ると言う意味では、多数派が作り上げた社会の中で生きるには、障害が有ると言えるでしょう。しかし、例えば、今は色弱と呼ばれる色の識別が難しい人たちは、カタチや空間に対する認知能力が標準以上だったり、有名な所では、失明している人たちの聴覚、記憶力、触覚などが卓越していたり、自閉症だけどサバン症の様な場合は突出した記憶能力や計算能力があったり。単なる少数の特殊能力者とであるようにも見えます。
そういう意味で「老い」によって身体能力や認知能力が衰えて行くことによって、逆に培われる何かも有るように思えます。例えば心の豊かさや、自分の体や心との対話が上手になったり、衰えた部分を補うために効率的に物事を遂行する能力だとか。。。発達心理学の世界では「老い」も発達の1ステージです。衰える機能が有れば、衰えたことにより当然だったが故に見えなかった能力の存在を知ることができ、またそれを補うように他の能力を備えることも可能なのです。「老」ということ自体は悪い意味ではないのですよね。元老院、家老、大老、老中など、大役を示す部署や地位に用いられているのですから。
論文に必要な論文を読む傍ら、図書館で借りた「老い」の性差について書かれた本を読んでいます。ふむふむ。生物として動物としての経年の変化を知っておくと、病気になる度に驚かずにすむのかも?(ま、驚いていますが。根が臆病なのでしてね(笑))。
そう言った意味でも、この年になって、認知心理学や脳科学などを研究する立場に居られるのは非常に幸せなことだと思う今日この頃です。加えて、アートやデザインはそれに直結する物だとも最近とみに感じます。いろんな経験がネットワークになり始めて来た醍醐味、これこそが年をとることによる最大の旨味ですね。そう、これをどんどん楽しむべきだし楽しみにしてもいいはずです。

そして、今読んでいる本によると、人間とチンパンジーは遺伝子上96%程同じなのですが、その4%の違いの多くは大脳皮質の大きさに有ると言っています。ちょっと難しいことは端折ってしまいますが、チンパンジーは生殖期を終えると寿命が来ます。つまり、50才頃。人間は否、生殖期が終わる50歳頃を過ぎても現代では、それに匹敵するほどの時間を長らえます。老年期こそが人間らしさなのかもしれませんね。とはいえ、発展途上国の平均寿命は30代半で有るところもあるので、全てに当てはまるわけでもないのですが。また、人間は他の動物と違って、大人になっても遊ぶのが特徴です。

これらのことからすると、老年期は動物としてのお役目?を終え、大手を振って経験を結晶化させて遊ぶことができる人間たらしめる夢の様な期間なのかも知れません。老いの入り口にさしかかったかどうかのその領域での若造がこんなことを言うのもおこがましい話なのですが。とにかく、一般的に年を取ることにネガティブなイメージがつきまとうけど、そればかりじゃないのですよね。年を重ねる変化と楽しさはまだまだ続くんだと思います(重病にかかるとそれは本当に辛いのだとは思いますが)。自分自身も励ましたいのでした。

最近、行った美味しいお店の記事も、フィリピンの記事も書かず、こんな「老い」に対する随想をずらずらと書いてしまってごめんなさいね。ちょっとちっちゃな病続きでいろいろ考えちゃいました。
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by vrombir | 2012-07-01 00:27 | 日記diary | Comments(10)